星の時計の内田善美

草迷宮・銀色の糸・草空間

以前Excelで作っていた図
http://www.cross-road.jp/dear_vladimir/uchida20101011/uchida_yoshimi_san20101011.htm
を無料のGoogleドキュメントを使って、 そんなタイトルで、作り直した。
Firefoxだと拡大出来るのだけど、IEインターネットエクスプローラじゃ拡大してもスクロールが出来なくて見づらい。

草迷宮・銀色の糸・草空間
https://docs.google.com/drawings/d/1WEv8-9a1-PV0yqDTAoouramBETAZVAjV5HMDBOZhuAE/edit?hl=ja

 古い2003バージョンのEXCELしか持ってないし、htmlに吐き出して文字エンコーディングを修正して、EXCELが入ってるPCでそっちのソフトで立ち上がらないように修正して、確認して、アップロードして、を何度も繰り返すから、修正する気にもならなくて。最近、Googleドキュメントの図形描画で書き始めてみたら、全体が収まりそうなことにびっくり。無料を素直に喜べないから避けたかったけど、諦めて使うことにする。

内田善美氏作品等 一覧
https://docs.google.com/spreadsheet/ccc?key=0Ar2oopVQCqcBdHZPaEVPaGp5eFl4WnhvbkhqN1djRlE&hl=ja

 見直してみて本として出版する順番が、ただの発表順じゃないのも興味深いなと思った。
 最初の本の第一話。「星くず色の船」では「お嫁さん」となるべく母親祖母にレールを敷かれていた女の子が天文学者になる夢を持つことになる。
 内田善美氏は漫画を「伝える手段」として使われてると思った。
 表現手段ではなく、伝える手段。内側にある多くの知識や価値観を切り出してきていて、そのほんの少しを見せていただいてる気がする。

 国会図書館くらいでないとお目にかかれない「銀色の糸」。
 話の最後、森で迷った少女と少年。少年は釣り糸を少女に持たせ、出口を探す。待っていた少女は、一緒に行くと言う。

ぼくが……大人になって ヨットを手に入れたら―― 蝶を追って東へ東へ

船、蝶、東、と気になる単語。ルシアン。Russian なら「ロシア語」という単語みたいだけど。

10月の風の中 落ち葉が蝶のように舞う そのむこうで "いっしょにいこう 約束したよ" ルシアンは はずかしそうに 笑ってた……

"いっしょにいこう 約束したよ"
その言葉は、デビュー2作目の「内田クン」が読者であるファンに向けた言葉にも思えたから、引っかかってた。

 作品の本への収録も発表の順番通りじゃないから、最後の作品が草空間だし、迷宮も謎が解けたら、ただの込み入った空間となるなぁと思ったら、それらを「銀色の糸」でつなぐ美しく見えた。張り巡らされた「銀色の糸」をたぐっていけば、「ドリームランドの船」世界が完成するように思う。
 内田ワールドという言葉は違和感。ただの空想と≒(ニアリーイコール)に思えるから。

「子供は未来からの客人だ」
自分が決して見ることのできない未来社会で生きる人間たちだ。その未来人たちが過去を学びにやって来てるんだ
だから いい持てなしをしてやりたい 未来に帰って幸福なみやげ話ができるように

 「ドリームランドの船」の中で、年令不明の男性が語ってくれた話、ってどうかな。
 ミヒャエル・エンデのモモが、汽車の中で語られた話とされたように。

 今回図を作り直して、スコっと抜けてた寺山修司さんを入れることが出来た。泉鏡花さんのお名前も(さん付けも変な感じ)。

 内田善美氏はペーパームーンの「泉鏡花・妖美幻想の世界」の表紙に夜叉ヶ池の主、白雪姫を描かれている。
作品の中の

雪なす羅(うすもの)、水色の地に紅の焔を染めたる襲衣(したがさね)、黒漆に銀泥、鱗の帯、下締なし、裳(もすそ)をすらりと、黒髪長く、丈に余る

を再現されているんですよね。図書館のカラーコピーだと、まだ、お手頃な価格なので、見ていただきたい作品。

ひとまず。。。

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蒼生人・浅葱と青の肖像Requiem

の肖像、Requiem
Requiem、鎮魂曲、それゆえに、には、のイメージ、死の意味づけがされてしまった。

甕覗、浅葱、縹色、紺色。勝色も藍による染色らしいけど。
藍色。瓶覗から紺までとか。
縹。浅縹、中縹、次縹、深縹。
『色の名前』(近江源太郎監修 /ネイチャー・プロ編集室構成・文)をパラパラ見てる。

蒼生人生きる人
浅葱。淡い。死の青に染まりきっていない色。

死は、いつか、誰もが迎えるもの。
二人の名前は、「死」を意味するをまとっている。
でも、悲劇、不運、不幸としての「死」ではなく、いつか、誰もが迎える、終着としての「死」
蒼死人、紺。
あるいは、蒼死人、勝色、だろうか。
それらに未だ至らぬ「青」

死の象徴のようなから遠い名前を授けられた二人。
肖像画を表紙に持つ最初の長編の単行本「空の色ににている」。
内田善美氏の肖像画シリーズ、PART1と言っても良いのだろうか。

ゲイルズバーグの春を愛す」。その表紙。
愛の手紙」の中で長い手紙ではなく、一枚の写真を残したヘレン。その肖像。
内田善美氏の肖像画シリーズPART4。
いや、PART4にするために、他のものが作られたのか。

2010102417160000

愛の手紙」。
最初の隠し抽斗(ひきだし)に入った1通目、二番目の抽斗の2通目、最後の抽斗の写真を3通目として、4通目は墓石、その碑文。

ヘレン・エリザベス・ウォーリー
1861~1934
”永遠の思い出のために”

生涯独身を通したことを、墓石とその碑文で伝えたヘレン。

最初の長編、「空の色ににている」。
二番目の長編「星の時計のLiddell」。
最後の漫画作品、連載ではなかった、「草空間 めらんこりかるshopping」。
1通目、2通目、3通目、と「ゲイルズバーグの春を愛す」で4通目か。
3通目がヘレンの肖像画か。
隠し抽斗の開く順番が違っただけな気がする。

4通目の碑文の短い手紙。
星の時計のLiddell2巻カラーページ

四つめのやつは
たったひと言で終わった
good luck
それは
彼と私の距離の中で
一つの長い物語になった

これも、確信を強めさせられてしまった文章。

書店に行けば、今も見ることが出来る、ヘレンの微笑み。
どれほどの思いを抱えてヘレンがカメラに向かったか。
その思いをどれほどの思いを込めて、内田善美氏は紙に写し取ったか。

星の時計のLiddell3巻74・75ページ。

人間のおもいとは
幻視(ファンタジー)を実存せしめ得るほど
それほど
狂熱的な力(エネルギー)を
もっているものなのか…

幻視を思い描ければ、思いもまた、受け止めれた、ということだろう。
相互依存システムで、GUとONされて、幻視が実存できるのだから。

愛の手紙」最初の手紙の日付は、182年月14日。
星の時計のLiddellの雑誌発表は、182年6月号から。1ヶ月前の月に発売になっていただろう。
100年後、だ。

内田善美氏は、どこまで考えていたのか。
寡作であるがゆえに、考えていた気がする。

内田善美氏が断筆だけでなく、出版も拒否して行方不明になったのは、それが内田善美氏に残された最後の抗議、抵抗手段だからかと思う。

何に対する抗議かって・・・それは、また。

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天川三兄弟・天降る月人

 「の色ににている」の天川三兄弟。長男の七星。次男主人公の蒼生人。三男の月野

 ぶ~けデラックスの折込付録ピンナップに、「天降る月人」というものがあった。
 ここ数年で存在を知って、統廃合される前の大阪国際児童文学館にて複写していただいた。

 七星、月野と、天空にまつわる名前。蒼生人だけが違う。
 違和感、謎riddle
 「天降る月人」を見て、これだ!と、「隠し抽斗(ひきだし)」がポン。

 「夜の底を歩いていく猫」
 「天降る月人」は、「夜の底を歩いていく」絵。
 死の香りがする。
 天降る(あもる)というのは、神に使われる言葉。
 二人の青年が歩く姿。先に歩くのは月読、月人、月の神。
 死への道を照らしている。
 後に続く青年は、後ろ(視線は右)を振り返っている。髪は長い。
 「玻璃の月魚」は青年の視線が左側に向いている。青年の髪は短い。
 ぶ~けデラックスに掲載された2枚の絵は、視線が繋がる。

 

あなた
猫でも…
闇夜より
月明かりのほうがいいでしょうか

 そんな、台詞もあったから。

 三兄弟といえば、ミヒャエル・エンデのモモの謎々で、「過去、現在、未来」が答えというのがあったのだけど。
 舞台が「高校」で、既に卒業した七星。未だ入学しない月野。在学中の蒼生人というのも、鍵の一つだと思う。
 鍵というより箱根寄木細工の秘密箱。
 微妙な、ずらし方を探し当てて開けていくわけだから。
 天川兄弟PART1、PAR2、PART3と数えるのもありかな。青の肖像PART2には歌詞が無くて趣が違うし。

 隠し抽斗。開けて見つけるのは・・・「確信」かな。

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青・肖像・星の時計のLiddell・草迷宮

 前回、つらつらっと書いた、「内田善美氏と青の肖像(NOVELA)・・・ぱーと4」。

 それぞれの作品と、その中の印象に残っているものを、「星」に見立てて、星を結んだ星座のように、抜き出してみた。

P20101013uchida3ao

 本当に「星座」に似ている。無秩序にまたたく星と見れば、ただ、それだけのもの。
 星の美しさをたたえるのみか。
 あるいは、星への科学的なロマンを語るか。
 星座と見て、伝えようとされていた話に思いを巡らせよう、書き残していこうというのが、ブログのタイトルに入っている「時への航海誌」・・・となりつつあるかも。

 3日坊主になりそうな航海誌という話もある、か。たまにしか書けないから・・・航海日誌じゃなK、航海月誌だの、航海年記だのかも。

空の色ににている
 蒼生人浅葱
 冬城が書いた絵。そこに描かれた人。一人に見えて、互いに相手が描かれていると思っていた。
 の名前を持つ、重なり合う二人。

「草迷宮PART4
 雑誌掲載時から、このタイトル。
 草空間の方は、「草迷宮PART2草空間めらんこりかるshopping」
 文字の大小でメリハリは、ついているけど、草迷宮でしかなかったものが、「PART1」と呼ばれそうな状態になると、もともと付けられていたPART4の奇妙さが際立ってくる。

 だから、「隠し抽斗(ひきだし)」。
 奇妙に見えていたものが、NOVELAの「青の肖像」と繋がっていて、意味を持ってるんだって、わかって、ポン。
 「隠し抽斗」が開いた。

 迷宮が、空間となった。
 草という名。
 「より早く」の早にクサかんむりをかけた漢字。
 草冠を編む半獣神。
 ここにも、隠し抽斗

 あと、冬城という名前と幽霊屋敷を近くに配置したけれど、星の時計のLiddellが、「明日からは冬」という季節で終わり、という文字も、冬城がもう一人の幽霊になった男であるわけだから、くっつけたくなります・・・よね。

 重なり合う二人の絵を残していった冬城と、二人(ヒューと少女)を表紙にして残していった内田善美氏ですもん。

 星の時計のLiddleの少女Liddleと、草迷宮・草空間の表紙の、市松人形だった、ねこという組み合わせの二人というのもある。これは、これで正しい。それも、また、別の星座として、抜き出そう。

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内田善美氏と青の肖像(NOVELA)・・・ぱーと4

NOVELA(ノヴェラ)というバンドがあって、その44回転セミ・アルバム(レコードの時代)「青の肖像」に、内田善美氏がジャケットのイラストを書かれていた。

収録曲は、「青の肖像パート1」「青の肖像パート2」「メタマティック・レディ・ダンス」「ナイトメア」(たぶん)の4曲。
で、半年ほど後発売のアルバム「パラダイス・ロスト」に、「青の肖像パート3」が収録されている。

内田善美氏の作品に謎なタイトル、「草迷宮 めらんこりあPART4」というものがある。
PART4」の「PART」は、青の肖像から来ていたものだったわけだ。
でも、それは、「PART1から3まである、青の肖像のジャケット描いたよ」なんてものの手がかりじゃなかった。

唐突な「PART4」。
PART1からPART3は、どうなっているのだという疑問。
その疑問こそが、内田善美氏が「隠し抽斗(ひきだし)」に用意してくれていた謎々 riddle

P20101009part4_2

「草迷宮 めらんこりあPART4」が収録された「草迷宮・草空間」を置いて、
星の時計のLiddell 1巻、2巻と重ねて置く。3巻最終巻は・・・左に。

「空の色ににている」の台詞。

わたしたちは
あんなにきれいに
かさなりあえる

冬城さんは
私ひとりだけでなく
君ひとりだけでなく
私たち ふたりを
ここに残していったのだわ

ここにも、「隠し抽斗」。ただし、今度は謎々じゃなく、答えの入ったもの。
内田善美氏は、お別れの言葉をちゃんと告げてくれていた。

星の時計のLiddleの1巻2巻が、続けて出た後、発売予定が大幅に遅れ3巻は1年後となった。
1巻よりも先に、「草迷宮・草空間」は発売されていた。

「青の肖像」という存在を知ると、「隠し抽斗」だと思った。
星の時計のLiddle3巻発売後、1年程後の、ぶ~け11月号表紙を最後に、断筆されたのだと、はっきり知ってからは確信。
「青の肖像」と呼ばれるレコードのジャケットには、文字はなく、帯の紙にあるだけで、タイトルとしてはRequiemと型押しで記されていたのだから。

画家だったら 描かなければならない
詩人だったら 言葉があふれてしまうだろ
音楽家は 感情の一ひだも 葉っぱの一枚さえも音に変えてしまうんだ

秋に、内田善美氏は、漫画家としてではなく、画家として行ってしまったのだ。

彼岸へ…
こんな風に…
悲しみは
いともさりげなく
私に 準備をうながすのだ
天上の至福にも似た姿をよそおって
天使が降りてきて
ささやく
これは秘密(ないしょ)だけど
これは…
秘密(ないしょ)だけど…

天使の姿。

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タイトルの謎々(リドル)

「海にいる黄色い船から君へ」
「かすみ草にゆれる汽車」
「五月に住む月星」

 この3作品のタイトル、「日本語的に奇妙」だと違和感を感じた人は、どれくらい居るものなのだろう。
 違和感を感じた後、考えて答えに辿り着いた人は、どれくらい居るものなのだろう。

 答え(一つの、ではあるが)を書いてしまうことは、内田善美氏が作っておいた「隠し抽斗(ひきだし)」・・・「ゲイルズバーグの春を愛す」の「愛の手紙」にあるヤツ・・・を開けてしまうようで、答え(一つの、である)を目にされることで、「隠し抽斗(ひきだし)」そのものを見つけた時の驚き、感動、あるいは戦慄、を感じる機会を失わせてしまうように思う。
 戦慄。1879年に撮られた少女の写真をアンティークショップで見つけた時ヒュー・バイダーベックが感じたような。
 ネタバレ厳禁の某表現者に慣らされてしまっているが故の自主規制かもしれないけれど。

 ギフトボックスを渡されて、「これ、ビックリ箱だけど、カクカクシカジカな物が入ってて飛び出してくるから」と言われたら、もうそれは「ビックリ箱」ではない。分類、名称としては「ビックリ箱」ではあるから言葉としては正しい。
 ある種の仕掛けが組み込まれた箱という意味のビックリ箱。
 でも、開けた人をビックリさせるという役目を果たすことのなかった、単なる仕掛け箱。
 だから、「ビックリ箱」ではない、だ。

 ネタバレというのは、役目を果たすよう配された表現があるにもかかわらず、その役目を台無しにして伝達していくことなんだと思っている。
 伝達時に「?→!」を「??→!!」や「???→!!!」にも出来なくもないのだけど、互いの読解力や経験やら感性やらが問われてくるので簡単ではない。

「かすみ草にゆれる汽車」
 2番目にあげた「かすみ草にゆれる汽車」。
 かすみ草が咲き乱れる草原に、汽車が止まっていて、かすみ草がユサユサ揺さぶっているって、どんな恐怖映画、SF映画なんだって思ってしまう。
 走る汽車と、ゆれるかすみ草。
 『汽車にゆれる かすみ草』。
 汽車に乗ってい人が表現するならば、「ゆれる汽車」なら正しい。車窓からかすみ草が見えているなら、 『かすみ草とゆれる汽車』。
 『に』ではなく『と』なら、正しいと思う。

 主人公の幼馴染、片思いの少女の名前がカスミソウの英名のジプソフィラ。
 彼女が思いをよせるのが新聞記者。
 故に「ジプソフィラに(心)ゆれる記者」あたりが正しい文章。
 これは、作品の最後に「かすみ草」にジプソフィラとフリガナを振ってあるのが、謎々の「答え」というところだろう。

 題名の謎、違和感のある言葉遣いは、何かが、そこにあるという、サイン。
 知識と聡明さを持ち合わせ、構築されたものを作る人、作れる人が、作品の大切な題で言葉の間違いなどするわけがない。

「海にいる黄色い船から君へ」
 この作品のタイトルや台詞の言葉遣いの裏がわかった時、愕然として、頭によぎったものを、打ち消そうとした。

 まさかと思ったけれど、「かすみ草にゆれる汽車」という初級編とも思えるものがあった(収録された単行本のタイトルになっているので常に目にするようになっていたというのも、うなってしまったのだけど)。
 加えて、「ソムニウム夜間飛行記」という『写真集』の存在。
 実体・実像と『ネガ』と『ポジ』。
 実体・実像=内田善美氏が持つ深く広い知識と世界。あるいは、現実世界。
 『ネガ』=作品になる前、現像(作品化)する前のもの。
 『ポジ』=作品。
 「内田善美氏のポジ(作品)」を手にして、年をとり、『ネガ』を意識するようになると、「隠し抽斗」が開きだした。

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内田善美作品と相互依存システム

とりあえず、図にしてみた。
内田善美作品関連20101011】
Image0051

http://www.cross-road.jp/dear_vladimir/utida_yoshimi_san20091101.htm
から追加。
EXCELからのWEBページ書き出しをやって、更にエクセルが立ち上がることのないように、余分そうな部分消して、ブログスペースにアップロードできるように、文字コード変えたりなんやかんややってしまいました。。。
不具合もありそうだけど、まあ、とりあえず。
リンクもズレてしまうみたい。。。

「星の時計のLiddell」3巻にある、「相互依存システム」。

「自分の中に、対応する それ の準備のないものには、何の美しさ(インパクト)も生じない」
とされていたもの。

個々の作品が、連携しあって内田善美氏の「時空」を作り上げていて、その美しさに魅せられてしまっている。

個々の作品が語られることはあるんだけど、それって、曼荼羅の一つの仏様の部分を、一つの仏画のように見られているような印象で。

NOVELA、「青の肖像REQUIEM」のCD化からでも15年、「草空間-めらんこりかるshopping-」から25年、四半世紀。

そろそろ、書き始めても良いかなと思う。
・・・書けたら良いな。


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星の時計のRIDDLE(謎々.)

 なんじゃないかなって思った。
 つい数年前、ミヒャエル・エンデの「モモ」を読んでから。
 サブタイトルは、「時間どろぼうと ぬすまれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子のふしぎな物語」

 物語の中の一場面、とある家に「どこにもない家」という標札があった。

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利休ねずみの瞳

利休ねずみの目に見える

「海にいる黄色い船から君へ」の言葉。
何にもない水中に、話をあわせるというのではなく、「そこにある」ことを想像し「見る」という反応。
「不思議な感動」が、香月志津桜(こうづきしずお)という主人公に生まれた、と。
「見る」というのが、難しいことだとわかる。
出会ったことで、1人の頭の中の想像物でしかないものが、実体としては存在しなくても、2人の間には確実に存在する「何か」となるってのが、その後の、パンプキン・パンプキンの、パンプキン・グリーンとしても表現されてる。

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砂浜、波、あしあと、みたいな。

 内田善美さんの書籍、コミックスは、ここ数年は新たに印刷されてない。
 5年ほど前に一番新しい書籍扱いのコミックのことを出版元に尋ねたところ、在庫はないと言われた。
 「星の時計のLiddell」全3巻のうち、2・3巻はコミック類が充実した店にまだ有って、「(1巻無いけど)取りあえず買っておこ」と押さえた。で、1巻をどうしよう・・・と思ったところ、閃いちゃって、家庭用コピー機でひたすらコピー。
 始めるときは、さすがに、「う」とか思ったと思う。まるまる1冊コピー。
 コピーという一仕事が終わったら・・・ふつふつ。へら~っ(今みたいな状態か?)。

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幽霊になった男の話

幽霊になった男の話を しようと思う。

そんなセリフから、「星の時計のLiddell」は始まった。
全3巻。
内田善美さんが出版された中では「一番新しい」本。
1986年10月8日発行だけど。

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