HAGAKULE-邦楽維新- (Page 2)

« back | top | next »    [ 1 2 ]

邦楽維新Collaboration 神戸

尺八三橋貴風さん@言い出しっぺ、筝・三絃の福田千栄子さんの19弾。

驚いたのは・・・「なんちゅう、力強い筝(こと)やねん」。
「これ、筝か?」

ウッドベースがドーンと横たわってる感じの視覚的存在感と、音的にはギターみたいに前に出る楽器の音色。
左手で絃をガシッと押さえ「掻き鳴らす」姿は、さすが家元。ひよこなギター小僧くんでは太刀打ち出来なさそう。

舞台装置もよく考えられてて感動もの。

続きを読む "邦楽維新Collaboration 神戸"

| | コメント | トラックバック

外連に秘めた真実

「デーモン小暮閣下」さんの歌・・・「縁(えにし)」に、そんなフレーズがあって。

外連:演劇演出用語。見た目本位の、俗受けをねらった演出・演技。早替り・宙乗り・水芸の類。(広辞苑)

胸が苦しくなるくらい重い言葉。
その重さの本当の重みを理解してもらうには、「真実」がどんなものか、理解してもらうしかないのだけど。

「芸術(ぶたい)に起った想い」

芸術:一定の材料・技術・様式を駆使して、美的価値を創造・表現しようとする人間の活動およびその所産。造形芸術(彫刻・絵画・建築など)・表情芸術(舞踊・演劇など)・音響芸術(音楽)・言語芸術(詩・小説・戯曲など)、また時間芸術と空間芸術など、視点に応じて種々に分類される。(広辞苑)

舞台:1)諸種の芸能(舞踊・演劇・音楽など)を演じて人々に見せるために特別に設えた場所。通例は観客・聴衆の場所よりも1段高くなっている。
2)1で演じる芸能、また、その演技。「名人の―」
3)比喩的に、技量や活躍ぶりをみせる場所や機会。「晴れの―に立つ」(広辞苑)

「芸術」に「ぶたい」という振り仮名は素敵で。「起つ」って言葉も。

続きを読む "外連に秘めた真実"

| | トラックバック

大化改新の総合文化考証

だったかな。
今、録画手段が無いので、自信ないけれど。
野村万之丞さんの考証方面での最後のお仕事だそう。
昨日は、九世野村万蔵さんが佐渡狐を演じられていた。
追贈されたから、八世野村万蔵さんと呼ばれるのでしょうか。
代々伝えられていく、名跡という「仮面」は、随分重そうで。
祖父にあたる六世万蔵さんに、そのお父さんが、狂言だけでは生活できないかもしれないからと、面打ちとい技術を見につけさせられたという話に、子を「芸」のために捧げる覚悟というのを感じてしまったから。

真剣に取り組むっていうのは、怖くて、すごいことだと思う。
でも、真剣、一生懸命、取り組まれて、作り上げられてくるから、あるいは、作り上げられた表現物自体は、肩の力が抜けているものでも、そこに至るまで捧げられた人生、時間、エネルギーがあるから、表現物は、時として、見聞きする他者の人生変えてしまうまでの力があると思う。

ドラマでは呉公と呉女と、楽器の方たちが少し出られて、正座しなおしてしまいました、比喩とかでなく。
大化の改新とか、テレビでの話のこととか、史実とか、どう受け止めて良いのか、というところもあったけど。
それはまた、調べて整理して、考えるとして。

呉公と呉女のエピソードを少しだけど知っていたから、その後の、捕えられた鎌足の命乞いのでの入鹿と与志古のやりとりでの、与志古の言動に、ぐっときてしまう。
こういうちょっとした演出って、好き。

聞いた時に、お脳に電気が走った鎌足の台詞。
「おのこ一生の幸せは、正しき御方に仕えること」
おのこじゃなくても、あてはまる言葉です。
仕えるなんて、身分制度じみた感覚はまずいんだけど、サポートというか、そういう何か、誰かに出会えたことは、幸せだと思う。苦しくもあるけど。

内田善美さんって・・・ファム・ファタールだと思って、観念する、か。

| | トラックバック

耳なし芳一@いいとも

昨日、「デーモン小暮閣下」さんが、「笑っていいとも」のテレフォンショッキングに出演。
ファンクラブの会報インタビューで既に知ってた内容だったけど。

面白いなって思ったのが、
「すごいことになった」って「事実」という形で喋るのね。

これが、元聖飢魔IIのもう一名の最長老(ゴホゴホ)さんだと、「貴重な経験をさせていただいたんですよ」的な喋りになるだとうなって、ふと思った。
その喋り方だと、聞いた人の中には「誰にさせてもろたと思ってんやろ?」って方向に意識が働く人もいるので、企画者である方を再度、脳内に呼び起こすこともある。
勘の良いインタビュアーさんだと、企画者の方に興味を持って、尋ねてきたり、話題を振ったりするかと思う。
インタビュアーとしての閣下の手腕は、ちょこっと2回ほど見る機会のあった30分の相撲番組での解説者さんへの的確な質問、短いながらも、「ほう」という答えを引き出してくれる着眼点とか、突っ込みとかで、見せていただいたのだけど、自分が聞かれる立場ってのは、まだ改善の余地があるのかなって思った。

「もうちょっと突っ込めば喋るところだった」という、SYMPHONIA発売後のインタビューとかも、隙が足りなかったというか、話の振り方が甘かったのかも??
こうした喋り方の癖の違いも面白いです。

耳なし芳一は、実際の脚本3分の1に関わったとか。
その前の琵琶絵巻では、大変な思いして権利関係の許可をギリギリで得て、3日間3時間睡眠で、活弁用の映像を編集したとか(会報)。
それも、野村万之丞さんのことは無関係とは思えなくて。

そんなことを思ってると、リンカランLingkaranの連載(?)に、「信条と心情を理解するようつとめてほしい」と「信条と心情を理解するようつとめている」とかいう文があった。

・・・訃報の前の号の『メルマガ』の最後の一文とか、叩きつけるような文で、胸が詰まるのだけど。

週末には、文章をまとめて・・・化けて、お邪魔しに参上いたしませう。

| | トラックバック

はかた楽劇のあとさき

akinoriさん、一緒にお仕事されたようで。尋ねたいけど、尋ねにくい質問があったりする。
6月6日、六本木六丁目、六本木ヒルズ・・・。
でも、写真をアップロードされているってことは、尋ねても良いのかな。
むしろ、尋ねた方が、どれだけすごいかって書き出したり出来るかもしれないし。
・・・「マテバで良ければ」な感じだわ。

続きを読む "はかた楽劇のあとさき"

| | トラックバック

« back | top | next »    [ 1 2 ]