Fightbackファイトバックの会 (Page 4)

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『触るな危険!?』 メール内のURL(2008年9月16日)

・・・そんなふうに、某MLの会員さんの一部は思われているのだろうか。

確かに、知らないURLはクリックするなって広報されてるけど、怪しいものじゃないのにね。・・・怪しいのか、謝罪チームに反論を述べてた人たちにとっては。。。

ニュー世話人MLは「引越し作業専門の連絡網」であったのか - 「ファイトバックの会」を考える:】のコメント欄や、私のところにいただいた、yamtomさんつぶやきから、思った。

単にMLのメールを読んでいるだけの人は、別に「メール本文内に書かれたURL」の飛び先の内容まで知らなくても良いと思う。

同じ意見の人も、読み飛ばして良いと思う。

でも、反対意見を書く人は、読んでいなければ、反論する権利、資格は無いと思う。

中立の立場で意見を書くのも、全て読んでから、つまりURLの飛び先の内容も読んでからでないと、書く資格は無いと思う。

「相手の言いたいこと」がわかっていないのに、「相手の意見」に対して書こうとするから、「事実誤認」と言われるわけ。

読まずに書いているから、嘘ばかり、と思われるわけ。

(メール文末ならともかく)メール本文、文中のURLの飛び先は、読んでから書くべきというのが「常識」だと思っている私は、「非常識」なんだろうか?

URLがあるのに、何故見てないのかの不思議について。

PC、パソコン操作って、結構、「トイレ」の使い方、お風呂での正しい体の洗い方に似てるかなと思うところがあるかも。他の人の使い方を見る機会って、そうそう無いじゃない?

横着者や、必要に迫られている人は、便利な使い方を試したり、調べたりして、向上させていくのだけれど、本当に知らないのかもしれない。

P20080916mail_5

Windows の標準的なメールソフトOutlook Expressの画面。
「手のマーク」が出るので、そこでマウスの左ボタンを押すと、ブラウザ、Internet Explorerが開き、ページが表示される。

・・・知らなかった人がいらしたら、下のコメント欄ででも、教えてください。

 

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『三段論法!?』@京都報告会(2008年9月15日)

XはYである。

ZはXである。

ゆえに、ZはYであるってやつ。

京都報告会で、すてっぷの方の原告さんの話を聞き終わって、思ってしまったことがある。

1) 女性議員は増えているけれど、どういう人が幅を利かせているか。
VOICEのインタビューの「オスはオス・メスはメス」と言うような女性。

2) 当時のことか、なかなか話してくれる人が居なくて苦労したこと。
非常勤の職員の人はクビがかかっているので、裁判を起こす人に協力できない。市から雇えないと言われるから、聞きたかったけど聞かなかった。

というのが、話の中にあったものだから、(3)として、常勤職の2代目館長さんは、幅を利かせている「思想」の女性、ゆえに協力などしてくれなかった、と印象づける気なのかなと。

こういうことを、後日話したら、心優しい、謝罪チームの某さんは、考えすぎ、勘繰りすぎみたく、否定された。

でも、7月17日(謝罪は無くなったけど集まれる人は集まろうということになった日)の話で「情報の見せ方」ってのが問題だって認識しちゃってたし、実際、ブログ閉鎖前の確認作業中、その文章の内容の構成の「いやらしさ」に、精神的に参ってしまった今では、考えすぎではないと言いたい。

1. 2代目館長さんは常勤である。

2. 非常勤には協力してもらえなかった(いわんや、"豊中市"の常勤をや)

3. ゆえに、2代目館長さんは協力してくれなかった。

そんな、「嘘」が、話を聞いた人が「勝手に」想像してくれることを期待しての構成だというのは考えすぎだろうか。

でも、何回も報告会をやってて、そういう悪印象を持たれる話をしているのなら、配慮が足りなさすぎで判断能力が問題視されちゃうし、わかっていて話しているのなら尚更問題だ。

そして、報告会は今までも開かれていたし、今後も開かれていくということは、コレを繰り返していくということなんだろう。

報告会で初めて知る人にとっては、そこで聞くことが全てだ。

その参加者が、何か地域のグループの上の人なら、傍聴動員や会員の増も期待できてしまうんだよね。一本釣りってのかな。何年か前の参議院選挙の某勝手連の時も使われてたやつだと思うのだけど。

2代目館長さんは、【一村和幸さん陳述書】などにも書かれているけれど、実は、提訴する前も協力しているし。「私も、出来る限り協力する」とか、原告さんと一緒に市に尋ねに行く気であられたし。その陳述書も、原告さんに有利、つまり2代目館長さんに悪い印象を持つような書き方もあるのが気になる。

採用前にあれだけ打ち合わせておきながら、なんてひどいことをすると思いました。

話されたことそのままだと言われたら仕方ないけど、それだって、「配慮が無い」わけで。陳述書も、初稿まんまでは無いかもしれないし。大きな裁判では普通のことかもしれないけれど、小さな裁判を何度もやってる身ではビックリだ。

あの日、京都報告会を聞いた人が、豊中市の常勤の人をどう思うかってのが気になった。

「話してくれる人が居なくて苦労した」とフッてあるから、「常勤の人はクビがかからないから、協力してくれた」とは思わないだろう。

「聞きたかったけど、聞けない」って、聞くだけなら聞けるだろう。話してくれるかどうか、話したことを公開して良いかは、また別の話だけど。聞いたけど、話してくれなかったということじゃないのかな。雇い止めの無い常勤の人が話してくれない理由は、何なのだろう。

常勤VS非常勤の構図を作る気なのかなとも思えた。

謝罪チーム+有志が謝罪に行った、その同じ日に、こういう「報告」を聞いて、おや、って思ってしまった。新世話人会MLを読んだ後では、ほぉ、となるわけです。

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『掛け持ち出来たよ!?』謝罪→京都報告会(2008年9月15日)

京都報告会】前日7月23日、世話人会があるはずだった。
前回、初めて謝罪が議題に上ることになった7月3日は、yamtomさんがSkypeなるもので参加されたと聞いた。

関わり具合とかで、世話人会に参加したいなんて申し出て良いのかという微妙な立場な気がしてたけど、翌日24日は謝罪だし、メールの報告では遅いしと全部わからないしと思って申し出た。

年齢や経験の少なさで、「下っ端さん」意識が抜けなくて。世話人の方たちは年齢が高いか、私世代や私より若くても、しっかりされた方ばかりなので気後れしちゃうわけ。

ある意味、すごく頑張って参加を申し出をした世話人会だったのだけど・・・開かれなかった。

代表からの連絡(事務局MLへの代理投稿)でキャンセルだった。「議題がない」とのことだった。翌日の集会のためにとか、当然考えられる理由ではなかった。

謝罪も有志でのものになったけど、「新世話人会」からは誰も出ず。チームが出来ているから、それで十分と思ってのことか。でも、その有志が次々と辞めていくのは、謝罪が出来ているとか、終わった言える状況じゃないと思うんだけど。

私としてはきちんと確認できないまま、2代目館長さんだった方に謝罪に行った。

謝罪に参加したいと思ったのは、ブログの記事を削除できなかったから。パスワードを知らされていても、削除など出来なかったから。他にもあるけど。

謝罪の言葉は見つけられないままで、今も、どう償ったら良いのかわからないけど、行って、お顔を見れたことで、背負っていた「罪」の重荷の半分くらいは軽くなった。

結構な時間皆さん話して、ひと段落して、京都報告会を最初から聞きたい方は出られた。

私と京都の某子さんは、お開きになってから出かけたけど、ビデオ上映が終わったくらいに着いたみたい。・・・直に、講演聞けて良かった、と思うことがあった。「良かった」ではないな、直に聞いたから、話の展開で気になるものを見つけることが出来てガッカリした、だ。それは、また。

「重荷」を背負わせてくださった方の「罪」は、いつ償ってくれるのか、見届けたいと思ってる。

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「恥は無いのか??」と思ってしまった。(2008年9月14日)

書くのをどうしようかと思ってたのだけど、DVで離婚した私にしてみれば、一般MLという「密室」の中で、一方的に「自分らが正義」であるかのように書いているのってすごく不愉快。だけど、ああいう「待ち受けられている土俵」に上がっていくのって、すごく難しい。

だって、既に何人も、何度も、懇切丁寧に、間違いを指摘しているのに、「新世話人会」世話人ってんば素晴らしいスルーっぷりなんだもん。

で、また「はい??」なことを、書いてきている。

ある意味、消耗戦。

ゾンビとの戦い。

普通なら、「倒れるでしょ!?」な状態なのに、未だに、しゃあしゃあと書いてきてたんだもん。


昨日、ファイトバックの会一般MLに、「新世話人会」世話人からのメールが流された。事情を知っている私からは、「事実誤認」もはなはだしいもの。

初期から謝罪チームにいらしていた、Tさんが反論を書かれた。

でも、Tさんから、説明を受けたことのある、Okaさん、「新世話人会」世話人を讃えるメールを書いてるんだけど、もう呆れてしまうわけです。

削除された新世話人会MLのログ、私も、8月19日世話人会当日、スカイプで教えられてから「正規に」入会させていただいたので持ってるんだけど、きろろさんの所と同じにしておこう。

ニュー世話人会MLと原告との関係

3)今、臆せず一般ML に投稿している人は名古屋のOkaさんです。別件で用事がありましたので、ついでに、電話でKさんの謝罪の件をめぐって、世話人会の実情を説明しました。 驚いていました。世話人会再編成をしなければならなくなるかもしれないが、その節は力になってほしいと頼みました。前向きの感じを受けました。

・・・すごいですね。Okaさん、力になりまくってくれてます(困惑)。

実質、謝罪チームの4人を「追い出して」しまいましたものね。

で、あげく、退会宣言メール後、謝罪の相手、二代目館長さんのためにブログ等に書かない方が良いように書いてた。

・・・封じたいがために、そこで、その名前を出すかって思った。

こういう「忠告」をしておくと、他の会員がブログのことに触れにくくなるかと思う。謝罪関係ブログを読むこと自体、悪いことのように先手を打ってるんだもん。

すごいな。

若い者には、出来ない算段だ。

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孤独に歩め、林の中の象のように

こんなのも書いてみた。林 象2「孤独に歩め」「林の中の象のように」

 「孤独に歩め・・・林の中の象のように」
 押井守監督のイノセンスの台詞。映画の中では、原文から前後が削られていた。

 元は、ブッダの言葉。「真理のことば(ダンマパダ)」のもの。
 訳者により言い回しは違うだろうけれど、手元にある岩波文庫、中村元訳のものだと、

 もしも思慮深く、聡明でまじめな生活をしている人を伴侶として共に歩むことができるならば、あらゆる危険困難に打ち勝って、こころ喜び、念(おも)いを、おちつけて、ともに歩め。

 しかし、もしも思慮深く聡明でまじめな生活をしている人を伴侶として共に歩むことができないならば、国を捨てた国王のように、また林の中の象のように、ひとり歩め。

 愚かな者を道伴れにするな。独りで行くほうがよい。孤独(ひとり)で歩め。悪いことをするな。求めるところは少なくあれ。―――林の中にいる象のように。

 事が起こったときに、友だちのあるのは楽しい。(大きかろうとも、小さかろうとも)、どんなことにでも満足するのは楽しい。善いことをしておけば、命の終わるときに楽しい。(悪いことをしなかったので)、あらゆる苦しみ(の報い)を除くことは楽しい。

 題名の台詞はその削られた部分に、押井氏の思慮深さと、聡明さを感じてしまって、当時公式サイトで募集してた感想文の締めに使った。

 「押井守様。孤独に歩め、林の中の象のように。ありがとうございました」と。

 愚かな伴侶(消費者・観客)を道伴れにしないでください。応援してます、と。

 愚かか、聡明か、見極める能力も、とっても大事だと思う今日この頃。

 聡明になれない私のような身では、特に。

 なんで、そんなの思い出したかというと、別に、「ファイトバックの会」関連で【夫婦ネタデマ】があったから、思い出したわけではなく。

 今日、謝罪チームの4名の方が、世話人をやめて退会されると宣言されたから。

 今後のことを思うと、溜息が出ています。

 そのうち3名の方はブログをお持ちなので改めて説明していってくださるでしょう。

 謝罪チームの方たちは、表から見えるだけでも、すごく丁寧に対応されていた。

 以前からも、今日までも。

 反謝罪派の方たちとのいろいろ、一通りの対応を終わりとされて、か、今日、退会されると宣言された。

 お疲れさまでした。

 ありがとうございました。

 他には、言葉が浮かばない。

 思慮深く、聡明でまじめな生活をしていた方々だから、退会されるのは、退会を選ばざるおえない状態は悲しいとしか言いようがないです。

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