星の時計の内田善美 (Page 2)

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蒼生人・浅葱と青の肖像Requiem

の肖像、Requiem
Requiem、鎮魂曲、それゆえに、には、のイメージ、死の意味づけがされてしまった。

甕覗、浅葱、縹色、紺色。勝色も藍による染色らしいけど。
藍色。瓶覗から紺までとか。
縹。浅縹、中縹、次縹、深縹。
『色の名前』(近江源太郎監修 /ネイチャー・プロ編集室構成・文)をパラパラ見てる。

蒼生人生きる人
浅葱。淡い。死の青に染まりきっていない色。

死は、いつか、誰もが迎えるもの。
二人の名前は、「死」を意味するをまとっている。
でも、悲劇、不運、不幸としての「死」ではなく、いつか、誰もが迎える、終着としての「死」
蒼死人、紺。
あるいは、蒼死人、勝色、だろうか。
それらに未だ至らぬ「青」

死の象徴のようなから遠い名前を授けられた二人。
肖像画を表紙に持つ最初の長編の単行本「空の色ににている」。
内田善美氏の肖像画シリーズ、PART1と言っても良いのだろうか。

ゲイルズバーグの春を愛す」。その表紙。
愛の手紙」の中で長い手紙ではなく、一枚の写真を残したヘレン。その肖像。
内田善美氏の肖像画シリーズPART4。
いや、PART4にするために、他のものが作られたのか。

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愛の手紙」。
最初の隠し抽斗(ひきだし)に入った1通目、二番目の抽斗の2通目、最後の抽斗の写真を3通目として、4通目は墓石、その碑文。

ヘレン・エリザベス・ウォーリー
1861~1934
”永遠の思い出のために”

生涯独身を通したことを、墓石とその碑文で伝えたヘレン。

最初の長編、「空の色ににている」。
二番目の長編「星の時計のLiddell」。
最後の漫画作品、連載ではなかった、「草空間 めらんこりかるshopping」。
1通目、2通目、3通目、と「ゲイルズバーグの春を愛す」で4通目か。
3通目がヘレンの肖像画か。
隠し抽斗の開く順番が違っただけな気がする。

4通目の碑文の短い手紙。
星の時計のLiddell2巻カラーページ

四つめのやつは
たったひと言で終わった
good luck
それは
彼と私の距離の中で
一つの長い物語になった

これも、確信を強めさせられてしまった文章。

書店に行けば、今も見ることが出来る、ヘレンの微笑み。
どれほどの思いを抱えてヘレンがカメラに向かったか。
その思いをどれほどの思いを込めて、内田善美氏は紙に写し取ったか。

星の時計のLiddell3巻74・75ページ。

人間のおもいとは
幻視(ファンタジー)を実存せしめ得るほど
それほど
狂熱的な力(エネルギー)を
もっているものなのか…

幻視を思い描ければ、思いもまた、受け止めれた、ということだろう。
相互依存システムで、GUとONされて、幻視が実存できるのだから。

愛の手紙」最初の手紙の日付は、182年月14日。
星の時計のLiddellの雑誌発表は、182年6月号から。1ヶ月前の月に発売になっていただろう。
100年後、だ。

内田善美氏は、どこまで考えていたのか。
寡作であるがゆえに、考えていた気がする。

内田善美氏が断筆だけでなく、出版も拒否して行方不明になったのは、それが内田善美氏に残された最後の抗議、抵抗手段だからかと思う。

何に対する抗議かって・・・それは、また。

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天川三兄弟・天降る月人

 「の色ににている」の天川三兄弟。長男の七星。次男主人公の蒼生人。三男の月野

 ぶ~けデラックスの折込付録ピンナップに、「天降る月人」というものがあった。
 ここ数年で存在を知って、統廃合される前の大阪国際児童文学館にて複写していただいた。

 七星、月野と、天空にまつわる名前。蒼生人だけが違う。
 違和感、謎riddle
 「天降る月人」を見て、これだ!と、「隠し抽斗(ひきだし)」がポン。

 「夜の底を歩いていく猫」
 「天降る月人」は、「夜の底を歩いていく」絵。
 死の香りがする。
 天降る(あもる)というのは、神に使われる言葉。
 二人の青年が歩く姿。先に歩くのは月読、月人、月の神。
 死への道を照らしている。
 後に続く青年は、後ろ(視線は右)を振り返っている。髪は長い。
 「玻璃の月魚」は青年の視線が左側に向いている。青年の髪は短い。
 ぶ~けデラックスに掲載された2枚の絵は、視線が繋がる。

 

あなた
猫でも…
闇夜より
月明かりのほうがいいでしょうか

 そんな、台詞もあったから。

 三兄弟といえば、ミヒャエル・エンデのモモの謎々で、「過去、現在、未来」が答えというのがあったのだけど。
 舞台が「高校」で、既に卒業した七星。未だ入学しない月野。在学中の蒼生人というのも、鍵の一つだと思う。
 鍵というより箱根寄木細工の秘密箱。
 微妙な、ずらし方を探し当てて開けていくわけだから。
 天川兄弟PART1、PAR2、PART3と数えるのもありかな。青の肖像PART2には歌詞が無くて趣が違うし。

 隠し抽斗。開けて見つけるのは・・・「確信」かな。

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青・肖像・星の時計のLiddell・草迷宮

 前回、つらつらっと書いた、「内田善美氏と青の肖像(NOVELA)・・・ぱーと4」。

 それぞれの作品と、その中の印象に残っているものを、「星」に見立てて、星を結んだ星座のように、抜き出してみた。

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 本当に「星座」に似ている。無秩序にまたたく星と見れば、ただ、それだけのもの。
 星の美しさをたたえるのみか。
 あるいは、星への科学的なロマンを語るか。
 星座と見て、伝えようとされていた話に思いを巡らせよう、書き残していこうというのが、ブログのタイトルに入っている「時への航海誌」・・・となりつつあるかも。

 3日坊主になりそうな航海誌という話もある、か。たまにしか書けないから・・・航海日誌じゃなK、航海月誌だの、航海年記だのかも。

空の色ににている
 蒼生人浅葱
 冬城が書いた絵。そこに描かれた人。一人に見えて、互いに相手が描かれていると思っていた。
 の名前を持つ、重なり合う二人。

「草迷宮PART4
 雑誌掲載時から、このタイトル。
 草空間の方は、「草迷宮PART2草空間めらんこりかるshopping」
 文字の大小でメリハリは、ついているけど、草迷宮でしかなかったものが、「PART1」と呼ばれそうな状態になると、もともと付けられていたPART4の奇妙さが際立ってくる。

 だから、「隠し抽斗(ひきだし)」。
 奇妙に見えていたものが、NOVELAの「青の肖像」と繋がっていて、意味を持ってるんだって、わかって、ポン。
 「隠し抽斗」が開いた。

 迷宮が、空間となった。
 草という名。
 「より早く」の早にクサかんむりをかけた漢字。
 草冠を編む半獣神。
 ここにも、隠し抽斗

 あと、冬城という名前と幽霊屋敷を近くに配置したけれど、星の時計のLiddellが、「明日からは冬」という季節で終わり、という文字も、冬城がもう一人の幽霊になった男であるわけだから、くっつけたくなります・・・よね。

 重なり合う二人の絵を残していった冬城と、二人(ヒューと少女)を表紙にして残していった内田善美氏ですもん。

 星の時計のLiddleの少女Liddleと、草迷宮・草空間の表紙の、市松人形だった、ねこという組み合わせの二人というのもある。これは、これで正しい。それも、また、別の星座として、抜き出そう。

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内田善美氏と青の肖像(NOVELA)・・・ぱーと4

NOVELA(ノヴェラ)というバンドがあって、その44回転セミ・アルバム(レコードの時代)「青の肖像」に、内田善美氏がジャケットのイラストを書かれていた。

収録曲は、「青の肖像パート1」「青の肖像パート2」「メタマティック・レディ・ダンス」「ナイトメア」(たぶん)の4曲。
で、半年ほど後発売のアルバム「パラダイス・ロスト」に、「青の肖像パート3」が収録されている。

内田善美氏の作品に謎なタイトル、「草迷宮 めらんこりあPART4」というものがある。
PART4」の「PART」は、青の肖像から来ていたものだったわけだ。
でも、それは、「PART1から3まである、青の肖像のジャケット描いたよ」なんてものの手がかりじゃなかった。

唐突な「PART4」。
PART1からPART3は、どうなっているのだという疑問。
その疑問こそが、内田善美氏が「隠し抽斗(ひきだし)」に用意してくれていた謎々 riddle

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「草迷宮 めらんこりあPART4」が収録された「草迷宮・草空間」を置いて、
星の時計のLiddell 1巻、2巻と重ねて置く。3巻最終巻は・・・左に。

「空の色ににている」の台詞。

わたしたちは
あんなにきれいに
かさなりあえる

冬城さんは
私ひとりだけでなく
君ひとりだけでなく
私たち ふたりを
ここに残していったのだわ

ここにも、「隠し抽斗」。ただし、今度は謎々じゃなく、答えの入ったもの。
内田善美氏は、お別れの言葉をちゃんと告げてくれていた。

星の時計のLiddleの1巻2巻が、続けて出た後、発売予定が大幅に遅れ3巻は1年後となった。
1巻よりも先に、「草迷宮・草空間」は発売されていた。

「青の肖像」という存在を知ると、「隠し抽斗」だと思った。
星の時計のLiddle3巻発売後、1年程後の、ぶ~け11月号表紙を最後に、断筆されたのだと、はっきり知ってからは確信。
「青の肖像」と呼ばれるレコードのジャケットには、文字はなく、帯の紙にあるだけで、タイトルとしてはRequiemと型押しで記されていたのだから。

画家だったら 描かなければならない
詩人だったら 言葉があふれてしまうだろ
音楽家は 感情の一ひだも 葉っぱの一枚さえも音に変えてしまうんだ

秋に、内田善美氏は、漫画家としてではなく、画家として行ってしまったのだ。

彼岸へ…
こんな風に…
悲しみは
いともさりげなく
私に 準備をうながすのだ
天上の至福にも似た姿をよそおって
天使が降りてきて
ささやく
これは秘密(ないしょ)だけど
これは…
秘密(ないしょ)だけど…

天使の姿。

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タイトルの謎々(リドル)

「海にいる黄色い船から君へ」
「かすみ草にゆれる汽車」
「五月に住む月星」

 この3作品のタイトル、「日本語的に奇妙」だと違和感を感じた人は、どれくらい居るものなのだろう。
 違和感を感じた後、考えて答えに辿り着いた人は、どれくらい居るものなのだろう。

 答え(一つの、ではあるが)を書いてしまうことは、内田善美氏が作っておいた「隠し抽斗(ひきだし)」・・・「ゲイルズバーグの春を愛す」の「愛の手紙」にあるヤツ・・・を開けてしまうようで、答え(一つの、である)を目にされることで、「隠し抽斗(ひきだし)」そのものを見つけた時の驚き、感動、あるいは戦慄、を感じる機会を失わせてしまうように思う。
 戦慄。1879年に撮られた少女の写真をアンティークショップで見つけた時ヒュー・バイダーベックが感じたような。
 ネタバレ厳禁の某表現者に慣らされてしまっているが故の自主規制かもしれないけれど。

 ギフトボックスを渡されて、「これ、ビックリ箱だけど、カクカクシカジカな物が入ってて飛び出してくるから」と言われたら、もうそれは「ビックリ箱」ではない。分類、名称としては「ビックリ箱」ではあるから言葉としては正しい。
 ある種の仕掛けが組み込まれた箱という意味のビックリ箱。
 でも、開けた人をビックリさせるという役目を果たすことのなかった、単なる仕掛け箱。
 だから、「ビックリ箱」ではない、だ。

 ネタバレというのは、役目を果たすよう配された表現があるにもかかわらず、その役目を台無しにして伝達していくことなんだと思っている。
 伝達時に「?→!」を「??→!!」や「???→!!!」にも出来なくもないのだけど、互いの読解力や経験やら感性やらが問われてくるので簡単ではない。

「かすみ草にゆれる汽車」
 2番目にあげた「かすみ草にゆれる汽車」。
 かすみ草が咲き乱れる草原に、汽車が止まっていて、かすみ草がユサユサ揺さぶっているって、どんな恐怖映画、SF映画なんだって思ってしまう。
 走る汽車と、ゆれるかすみ草。
 『汽車にゆれる かすみ草』。
 汽車に乗ってい人が表現するならば、「ゆれる汽車」なら正しい。車窓からかすみ草が見えているなら、 『かすみ草とゆれる汽車』。
 『に』ではなく『と』なら、正しいと思う。

 主人公の幼馴染、片思いの少女の名前がカスミソウの英名のジプソフィラ。
 彼女が思いをよせるのが新聞記者。
 故に「ジプソフィラに(心)ゆれる記者」あたりが正しい文章。
 これは、作品の最後に「かすみ草」にジプソフィラとフリガナを振ってあるのが、謎々の「答え」というところだろう。

 題名の謎、違和感のある言葉遣いは、何かが、そこにあるという、サイン。
 知識と聡明さを持ち合わせ、構築されたものを作る人、作れる人が、作品の大切な題で言葉の間違いなどするわけがない。

「海にいる黄色い船から君へ」
 この作品のタイトルや台詞の言葉遣いの裏がわかった時、愕然として、頭によぎったものを、打ち消そうとした。

 まさかと思ったけれど、「かすみ草にゆれる汽車」という初級編とも思えるものがあった(収録された単行本のタイトルになっているので常に目にするようになっていたというのも、うなってしまったのだけど)。
 加えて、「ソムニウム夜間飛行記」という『写真集』の存在。
 実体・実像と『ネガ』と『ポジ』。
 実体・実像=内田善美氏が持つ深く広い知識と世界。あるいは、現実世界。
 『ネガ』=作品になる前、現像(作品化)する前のもの。
 『ポジ』=作品。
 「内田善美氏のポジ(作品)」を手にして、年をとり、『ネガ』を意識するようになると、「隠し抽斗」が開きだした。

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