« 2008年10月 | トップページ | 2009年1月 »

2008年11月

ファイトバックの会『ML→メルマガ』移行に伴うML管理人『雇止め(?)』

信義に二種あり。秘密を守ると正直を守るとなり。両立すべきことに あらず。

と、お経のように唱えておこう。

『ジェンダーとメディア・ブログ』の『ファイトバックの会MLがメルマガに変更』のコメント欄にお邪魔したり。
『ふぇみにすとの論考』の『ファイトバックの会、MLからメルマガ移行のわけわからなさ』等にお邪魔してたのだけど。
あまりにショックな出来事だったので、自分のとこでまとまった文章など書けないくらい傷ついてた。失望、絶望と書いた方がより適切だろうか。

「雇い止め」ったって、別に給料を頂いていたわけではない。私も、夏に辞められた世話人の方々(謝罪チーム)も無償のボランティア。ただ、本来自分のために使う時間を割いてやってきた。無給なら「使い捨て」で良いのかと言いたい。

ファイトバックの会のため、苦しんだり、悩んだりしてきた。今もなお、だ。
さっさと、会員MLから外れた、説明責任を放棄した、ニュー世話人会の方々や、もともとあまりMLを読んでいないことを大っぴらに書いていた控訴人(原告)にはわかりえない苦しみだろう。

元々、控訴人(原告)自らが更新していたブログ
→ふぇみにすとの論考「ファイトバックの会ブログ更新の背景と原告の責任問題」など参照
そこからの謝罪問題で、ことの成り行きを見守るというのは更新者の「義務」のようなものであると思う。
ニュー世話人会MLの内容を見れば、義務感なんてあるわけないのは明らかなのが残念だ。

メルマガ化へ至る過程も、不適切で曲げられた「ニュー世話人会」からの説明を訂正される方への「表現の自由」を奪うものであるのが残念だ。

メルマガ化への流れの説明は会員MLに書いた。またブログにも書こうと思う。

10月8日の拡大世話人会では、投稿停止をしている人(読むだけ)が2人居るということで、私に対して「表現の自由」に反する、と言われた人も居る。
ニュー世話人会にとって不都合な「表現」は「不自由」で良いという垣間見える理屈を否定するだけものがあるのだろうか。

「女性の連帯」という言葉は、力のある女性が、その他大勢の女性に時間とエネルギーを提供させるために都合の良い様に利用されていると思う。
 そんな言葉を掲げながら、二代目館長さん(女性)を証言が終わった途端、「会員の感想」という形でブログを読んだ人に悪い印象を抱かせるようなことをしてしまったこと。そして、謝罪することになっても、「きちんとした謝罪」をしようとした謝罪チームを「再編成」の指示のもと排除する結果となったこと。


http://www1.atwiki.jp/fightback3/pages/18.html


9

From: 【MM】

Date: 2008年7月30日(水) 午後3時30分

Subject: 暫定世話人会

3)今、臆せず一般MLに投稿している人は【OF】さんです。

別件で用事がありましたので、ついでに、電話で桂さんの謝罪の件をめぐって、

世話人会の実情を説明しました。驚いていました。世話人会再編成をしなければならなく

なるかもしれないが、その節は力になってほしいと頼みました。前向きの

感じを受けました。


アルファベットとなっているが、会員MLでは、自前のログから、この部分を実名のままにして引用した。
まだ、副代表は会員MLに残っていた頃。
今も引き続き、控訴人(原告)は会員MLに登録したままなので読める状態だが何の説明もありはしない。

『ニュー世話人会MLについての謝罪要求書』
http://www1.atwiki.jp/fightback3/pages/19.html

「ニュー世話人会」から会の「規約」で守秘義務を持ち出されているようであるが、控訴人(原告)から、事務局MLで、口座を開設した時に作った規約を探しておいてと流れてた。

そんな「規約」での「守秘義務」なわけで。
で、謝罪チームの皆さんには、「秘密を守ってください」って「お願い」すべきものであり、強気で迫れるようなものではない。
切り捨てておいて、「守秘義務」で黙らそうとして、正義なんて言う資格は無いと思う。

1審の原告の陳述書は部下の事務局長さんに対して「裏切られた感」が滲み出る部分があったのだけど、今回の諸々で、似たようなものが私にも向けられてるのかと思う。でも、先に多くの人を裏切った、ニュー世話人会MLに入っていた方々の行動はどうなのかと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

信義に二種あり(2008年11月22日)

信義に二種あり。秘密を守ると正直を守るとなり。両立すべきことに あらず。

映画『イノセンス』、攻殻機動隊シリーズの劇場版第2弾で引用された、斎藤緑雨の言葉。

広辞苑(五版)で調べてみる。

信義:信を守り義を行うこと。約束を守り務めを果すこと。あざむかないこと。

なるほど。

信:欺かないこと。言をたがえないこと。まこと。

義:1) 道理。条理。物事の理にかなったこと。人間の行うべきすじみち。
2) 利害をすてて条理にしたがい、人道・公共のためにつくすこと。

謝罪チームの皆さんは、信義を通してるって思う。最初は前者で、今は後者の。退会された人も詳しいことも書かずにやめられた。退会された今も、時間も気力も相当割いてると思う。


この記事のタイトル、引用に続くバトーの台詞、

「手前の信義はどっちだ」

にしたかったのだけど、さすがにやめました。

ニューニュー世話人会ML。
世話人会はあるけれど、謝罪に関係した者が除かれたニュー世話人会ML発覚後、1週間後に作られたML。
どんな信義に基づいての行動なのかと思う。
ニュー世話人会MLのログを読んでも、感じるのは気概よりも、保身みたいなものだったので。
今の世話人会用事務局ML-2名=ニュー世話人ML+αだと思う。

会員MLに、あんまりはっきり書くのも気が引けて説明しなかったら、「やたら元気な人」に説明不足のように責められてしまった。
そしたら謝罪チームの残られている方と、謝罪に御尽力してくださった方が、それに対して書いてくださってた。
ありがたいことです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

辞書で調べてみた(2008年11月15日)

『批判』という言葉を広辞苑5版で調べてみた。

1) 批評し判定すること。ひばん。

2) 人物・行為・判断・学説・作品などの価値・能力・正当性・妥当性などを評価すること。否定的内容のものをいう場合が多い。哲学では、特に認識能力の吟味を意味することがある。「強い―を浴びる」

正しく評価されて、その評価が否定的であるなら、耐えるより改善しなくちゃならないのではないのかな。

評価した人たちが悪いわけじゃないし。

被害を受けて黙らず説明を求めて、ブログで報告してみたら、『批判』になるんだろうか。

『否定的』

賛成できない考えでいること。否定する内容であること。

ブログで報告されたことが悪いみたいな認識って、絶対に、違うと思う。


思いっきり、名詞を抜かしてる。
どこから繋がるのか、前の話もすっとばしている。

話も、いろんなことも、中途半端で、本当に、ごめんなさい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

監護者指定の調停を申立てられた

元夫相手に、親権及び監護権の侵害で、慰謝料を請求する裁判を起こして、9月末に判決が出た。
金額としてはそんなものなのかという額なのだけど、判決文の内容的には不満は無い。

最初は2つの裁判(慰謝料と間接強制だっけ?)をやる予定で弁護士さんが、着手金の額を言ってたんだけど、地元で出来るものだけにして1つとなった。でも、金額は割引になってなかった。「まだやるの?」ってな感じで、そうそうボランティア価格にはならなかったのかしら。

元夫は控訴。

で、判決を幾つも無視しつづけられて、慰謝料がこれって・・・と弁護士さんも思ってたらしく、附帯控訴をすることとなった。

続きを読む "監護者指定の調停を申立てられた"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年10月 | トップページ | 2009年1月 »