孤独に歩め、林の中の象のように
「孤独に歩め・・・林の中の象のように」
押井守監督のイノセンスの台詞。映画の中では、原文から前後が削られていた。
元は、ブッダの言葉。「真理のことば(ダンマパダ)」のもの。
訳者により言い回しは違うだろうけれど、手元にある岩波文庫、中村元訳のものだと、
もしも思慮深く、聡明でまじめな生活をしている人を伴侶として共に歩むことができるならば、あらゆる危険困難に打ち勝って、こころ喜び、念(おも)いを、おちつけて、ともに歩め。
しかし、もしも思慮深く聡明でまじめな生活をしている人を伴侶として共に歩むことができないならば、国を捨てた国王のように、また林の中の象のように、ひとり歩め。
愚かな者を道伴れにするな。独りで行くほうがよい。孤独(ひとり)で歩め。悪いことをするな。求めるところは少なくあれ。―――林の中にいる象のように。
事が起こったときに、友だちのあるのは楽しい。(大きかろうとも、小さかろうとも)、どんなことにでも満足するのは楽しい。善いことをしておけば、命の終わるときに楽しい。(悪いことをしなかったので)、あらゆる苦しみ(の報い)を除くことは楽しい。
なんで、そんなの思い出したかというと、別に、「ファイトバックの会」関連で【夫婦ネタデマ】があったから、思い出したわけではなく。
今日、謝罪チームの4名の方が、世話人をやめて退会されると宣言されたから。
今後のことを思うと、溜息が出ています。
そのうち3名の方はブログをお持ちなので改めて説明していってくださるでしょう。
謝罪チームの方たちは、表から見えるだけでも、すごく丁寧に対応されていた。
以前からも、今日までも。
反謝罪派の方たちとのいろいろ、一通りの対応を終わりとされて、か、今日、退会されると宣言された。
お疲れさまでした。
ありがとうございました。
他には、言葉が浮かばない。
思慮深く、聡明でまじめな生活をしていた方々だから、退会されるのは、退会を選ばざるおえない状態は悲しいとしか言いようがないです。
題名の台詞はその削られた部分に、押井氏の思慮深さと、聡明さを感じてしまって、当時公式サイトで募集してた感想文の締めに使った。
「押井守様。孤独に歩め、林の中の象のように。ありがとうございました」と。
愚かな伴侶(消費者・観客)を道伴れにしないでください。応援してます、と。
愚かか、聡明か、見極める能力も、とっても大事だと思う今日この頃。
聡明になれない私のような身では、特に。
| 固定リンク
「Fightbackファイトバックの会」カテゴリ内の最近の記事
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/2740/42406241
この記事へのトラックバック一覧です: 孤独に歩め、林の中の象のように:
コメントを書く
コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。


コメント