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照魔鏡

鏡の中に魔物がうつる。
鏡の中に魔物が居るのか。
鏡が魔物を映すのか。

鏡は、私。
鏡は、あなた。

魔物は、あなたの後ろにいるのか。
人の目には見えぬだけで、あなたの前にいるのか。
あなた自身が魔物なのか。

-- --

「勝手なことを想像で書く」.
勝手なことなのか、否か。
真実は、どこにあるのか。

あの困り果てた元夫との別居後から裁判までで、肉を切らせて骨を断つ、そんな仕掛け方を覚えた。
・・・切りに来てくれたら、勝てるかしら。

理屈の組み立て方。
わからない人には、わからないけど、わかる人は、なんとなく、わかってくれる。
わからない人やわかろうとしてくれない人に説明をする労力も、勿体無いし。
労多くして功少なし、かな。

私の目が曇っているというのなら、それは、ある種の正義感。
理不尽な言いがかりで貶めることは許せないから。

じゃあ、彼女は?
彼女の目が曇っているのは、何故?
貶められて当然なお姐さんじゃないので、曇っての判断だよね。

誰が、現実に居る、下心ありでボランティアをしている卑しい人間って言いたいんだろう。

遠まわしに誰のことを書いてるんだろうっていうのが・・・悔しいなぁ。
世間一般に居る、ある種の人たちのことを書いているふうなんだけど、つい先日、とある殺されかけちゃった犬さんが、飼い主さんになってもらえそうな人と出会い、極々一部で喜んでたんだけど、そういうのが気にくわないのかなぁ、と思ってしまって。

バナークリックの「救える命がある」なんて、どういう気持ちで貼ってられるのか・・・。
お他人様を似非善人呼ばわりするのも、すごいなぁと、思ってしまった。
犬一匹だけど、実際に引き受けている心の持ち主は、ちゃんと善人だよね。
そんな、姐さんを相手にしている私は、まっとうな人じゃない、という理屈?
おおおお。
すごい。
私、まっとうじゃないんだああ。

ビッグイシューで5万円の支援じゃ、私も似非善人なのかなぁ。
日本音楽集団の賛助会員とか、シェルターやDVの会員で会費やカンパするのが3・4つぐらいじゃ似非善人?
母子家庭のグループも当事者ではなくなっちゃったけど会を続けて欲しいから会費を払ってるけど、2つじゃ似非善人なのか。
あ、こうして書くことも、書いた時点で善行じゃなくなるって??
えー。
黙ってろって、こと。
でもそうすると、何もしてないということで、似非善人に分類されちゃうし。
どっちやねん??

まっとう→まとも→正道なこと。また、きちんとしているもの。まじめ。

何で引っかかるのかと思ったら、元夫と理屈が似てるのね。
自分が検事で、裁判官で、他者を被告としてひきずりだして、その他者を弁護する者は真っ当じゃない。
検事として裁判官として人を断ずるわりに展開の部分がお粗末で。

脚本家の意図するところと違うところに目がいってるのが、そうした話の展開の甘さにも通じるものを感じちゃって。
私も、映画研究会なんてところに居たものだから、ちょっとうるさくなってしまう。

「ちりとてちん」は、脚本と演出が半端じゃなくうまいので、もう、DVD-BOXを買って、千夜一夜よろしく、1話ごとにじっくり1シーン、1シーン見つけていきたいくらい、はまりこんでる。

最近登場人物が新しく加わったのだけど、その名に関する伏線、「鉄砲勇助」の話が出てるから、もう十分で。
トラブルメーカーという上沼恵美子さんのナレーションもあり、どんな困った部分が隠されているんだと、それこそ「若狭塗箸」のように、どんなものが現れるかとドギドギハラハラしながら、楽しみにしてる。

「若狭塗箸」もA子B子の家業の話と絡めると、本当に面白いし。
タレントをして徒然亭の名前を守った小草若さんというのも、A子父の秀臣さんが正太郎師匠から去ったことへの伏線だろうし。
スペインに行こうとしている小梅さんのところに飛び込んできたりとか。
正典さんを、「坊ちゃん」と読んだ場面とか。
ちょっとしたシーンの心の通ったやりとりに、脚本家さんの才能を感じてしまう。
もう、すごく短いシーンで、仕掛けてくるんですもん。

師匠の葬式の日、門まで来ながら帰っていった鞍馬会長とか、1シーンで見せる温かみって、すごいです。

弟正平が、恐竜の夢を諦めたシーンの、A子ちゃん家の塗箸の端材で作った恐竜。
元々才能のある正平くんが、塗箸産地の「名」を守ろうとしたA子ちゃんの父とどう絡むかとか。

草若師匠の草々さんへの、「よく通る声。宝物だから、大事にしいや」なんて言葉も、伏線ぽくて。
落語馬鹿の草々さんが声が今のように出なくなり、落語が出来なくなる、そんな波乱が待ち構えているようで。

小次郎さんの名前と存在の意味も、草若師匠の口を借りて出て、おおお、って思ったし。
不器用な喜代美ちゃんが、それでもすくすく育ってきたのは、困ったおじちゃんが、居ってくれたからか、とか。
素敵。

「落語の世界から抜け出てきたような子」なんて言葉に、うるっときてしまった。
かくありたい、そんな世界があるものだから。エニグマの魔法、か。

ぜいぜい。

四草さん、自分で妾の子、と言ってて。
キツイ一言をよく言ってたけど、それは、他人から身を守るためなのだと思う。
それで離れていかれても、自分が捨てられたって気にはならないから。また、試験紙のように、離れず居てくれる人は信用できる人、なわけで。
いろんなことがあって、そういうふうに培われてしまった、「人を見る目」というのは、随分、悲しいものがある。
そこらの悲しさ、ゆえ、感情をなかなか表に出さなくなるのね。
ここらの設定が出来るところが好き。人間がわかっている脚本家さんだなって思うから。

で、まあ、勇助さんの社会人としてのあり方の批判なんて、妙な方に話しが行くなぁ思いながら、とあるブログを読んでいてのことだったのだけど、「・・・やっぱり、書きたかったコトは、ソコなのね」と思ってしまったです、はい。

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