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墓参り

仏さんのお家の掃除、ということかな。

母に誘われる。携帯電話の留守電に伝言が入ってた。荷物の再配達で時間を指定してないのを受け取る予定があったので不参加。
宅配の予定がなくても、乗り気はしなかったけど。

母や父にしてみれば、亡くなった弟は、体を失って物理的に存在しなくなり、それゆえ語ることもできなくなり「心理的な彼」も存在しない。弟の遺骨が納められた墓というのが、体を持ち物理的に存在する自分との接点。

でも、私にとっては、墓というのは、かつて人間だった先祖たちの遺骨が納められた場所、というだけで。
墓に手を合わせるのは悪くないけど、それのみに熱心で、現実の問題に向き合わないのなら墓参りなんてしないほうがましだと思うので、行きたくない。

それより、地元雑誌のその他の疑問・お悩み掲示板のInternet Archive、「夫婦の事で意見求めます。」の方が、弟の墓石だと思える。
文字になっていない、弟から聞いたことの記憶が彼の遺骨だ。

1年少し前、叔父が亡くなり、
その通夜の翌日に弟が亡くなり、
遺体を安置している病院の一室で母を恫喝したこと。

この時の気持ちを話したら、大阪の叔母が電話の向こうで鼻声になってた。
そりゃそうか、怒りにまかせて言葉を吐くのと、考えて言葉を吐くのは違うものね。

母は・・・今日も、大晦日こちらに来るなら、と電話をかけてくる。
家族ごっこをする気はないよ、私。
お正月も、親戚が来たり、義妹が来たりしたら落ち着かないし、お客さんのように座ってるわけにもいかないし、さりとて出戻りがどの面さげてってものもあるし。
また三箇日が終わってからと行くと告げる。

一人が気が楽やねと言われたけれど。
週5日仕事してるので、休ませてくれと思うよ。
普通は、休まず子どもの世話や家族サービスをするんだろうけど。

母は、未だに倫理研究所に思考が染まっているし。
先日も電話で「大阪の叔母はもっと夫である叔父さんに感謝して大切にしてあげれば良いのに」などと言ってるし。
それは、夫を大切に感謝している自分を私にアピールしたいけど出来ないから裏返しで口にしたのだと思うけど、どっこい甘いぜ。年老いて来てる母なので傾聴を心がけてあげてるけど、人の悪口にまで同調してやる気はないぞ。それも叔母は悪くないのに。
夫婦の形は人それぞれ。ちやほやしたり、かいがいしく世話するのだけが感謝の形ではない。居心地の良い状態は人それぞれ。
そんなことを言って返す。
「1年ちょっと前は、夫やその母であるお婆ちゃんにイヤミを言ってた人が、なに他の夫婦のありようを偉そうに言ってるんですか!」・・・なんてことも言うのも可哀想なので、それは我慢した。

そんなこともあるので、母とはずっと一緒には居れない。

寂しいということより、近くに人が居ないという安心感の方が勝ってる。
大家族で、困った大人たちの間で挟まれて、結婚したらしたで、困った夫に警戒して生活してたら、離婚して一人で過ごす穏やかな時間というのは、ありがたすぎて。
幸せというのとは違うけど、何かに感謝したくなるほどのものではある。

聖油を注がれた者。
違うな。
ウロボロスの龍。

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