1月21日
京都大田楽があったのだけど・・・行けなかった。
叔父、母の妹の御夫君が脳に腫瘍が出来ていたそうで、その見舞いに行こうか、というので動けず。
丁度、母たちの村という映画の上映もあったし。
同室の人が手術にかかったのが12時間だったのに、叔父は4時間ほどだったそう。叔父自身が母に、腫瘍が取りきれなくて放射線をやっていくと言ったそう。
覚悟しているような台詞だけど、相手が義姉である母だから、気遣いゆえにそういう言葉になってるかなって思ったり。本当のところはどういう気持ちなのかはなんとも言えない。
入院した叔父に久しぶりにお会いしてたのが、去年の弟の通夜で。
今回、叔父自身が残りどれだけ生きられるか、という状態で。
悲しくなる。
叔父は、私の結婚式の日にビデオカメラを回してくれていた。
そういうのが趣味だったのかな。
幸福な結婚、とはいかなかったけど、それでも、そのビデオに残されていた叔母たちの笑顔は、今の私を十分に幸せにしてくれる。
仲人をお願いした大叔母の笑顔も。
祖母が嫁入りのとき自分を残して出て行くという八つ当たりなのか、、祖母に石を投げたそうで、仲人役をお願いした時には恩返し出来ると喜んでくださった。
離婚裁判の判決が確定して、愛知の某町役場に離婚届を出した後、浅草の琵琶絵巻を見に行って、翌日朝、名古屋の大叔母の家に行った。
豊橋で泊まったことにして・・・。
早朝の新幹線に乗って、何食わぬ顔で10時くらいに連絡して伺ったっけ。
幸せとは言えないけれど、明らかなる不幸、闇から出ることが出来た晴れ晴れとした気分というのは、直接会って顔を見せないとわかってもらえないし。それで安心してもらえたら、幸せなことだよね。
いつだったか、裁判の帰り、名駅のツインタワーなホテルをシティーホテル並みの値段(変形部屋だった?)で予約してて、大叔母と御夫君とお茶をしてチェックインして、案内の客室係の女性とエレベーターに乗ったら、大叔母が扉が閉まるまで、手を振ってくれて、閉まった後で客室係の人とニッコリと。
大事にされてる、可愛がられてる、実感できた瞬間。
一瞬の幸せ。
そんな『幸せ』を抱えて生きていけることもまた、随分と『幸せ』なことなのだろう。
カレイド、カレイドスコープ。
一つの形。
無限にも見えるように、くるくると展開して。
だから、好き。
小さな▲な『幸せ』を見つけられる能力って、良いかも。
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