現代狂言、前夜
でも、私が見に行くのは3日後の大阪公演なのだけど。
【「現代狂言」旗揚げ公演】
八世野村万蔵さん(五世万之丞さん)の楽劇葬のとき、南原清隆さんは万之丞さんへのお別れの言葉を送られた方の一人。もう、申し訳ないことに、楽劇葬の時に南原さんが何をおっしゃってのか覚えてないのだけど。
それでも、あの日、語られたという事実は忘れようもなく。
大河ドラマの義経での「伊勢三郎さん」として、最後、義経に向かってカニ三郎って、カニの真似をして亡くなるシーンは、「笑い」の意味、「人を笑わせる」という意味をわかっていらっしゃる方なんだなって思ってしまった。
「人を笑わせる」という意味ってもの。
ちょこっと見た、クリニクラウンを紹介する特集。
小児病棟で、頑張ってる子たちのところにボランティアで行かれる、クラウン(道化師)さんたちの紹介だったのだけど、これなんかわかりやすい例かな。
頑張るのは自分。自分が頑張って耐えて乗り越えるしかない。
でも、歯を食いしばって頑張っているなら、歯を食いしばる力を抜くことが出来たら、泣いたり泣くのを我慢して頑張っているなら、楽しくて幸せなことがあることで泣かずにすむのなら、乗り越えるための「心の体力」は消耗しなくてすむよね。
心の有り様を、少しだけ良い方に動かして、そう動かすことで、体や人生もまた、少しだけ良い方に動かすってことだと思ってる。(2006/06/29 8:26追記)
義経は、野村万之丞さんとして芸能考証をされている途中、放送自体は亡くなられてからだった。亡くなられても、存在し続けることはできるのだと、オープニングで初めて名前を見たとき、「うわっ」て思った。
・・・「うわっ」って(苦笑)。
トホホな文章力ではこれが限界。
「芸能考証」という4文字と、名前の5文字だけど、その意味は、手元にあるメモ用紙にキュキュっと9文字書くのとは全然違うよね。
そして、こうして、ポポポンとキーボードから打ち込むのとも。
ん。ちょっと思案中。「i」の一文字、有る無しの件。。。
故人の遺志、やりかけた事を、残された者達が継承し結実させる事こそ供養である、という考え方が今後の催し物に関する現在の大勢の意向である
怪談狂言「耳なし芳一」で主人公を演じたとある歌手さんの「めーるーまーが」での言葉。
他の出演者さん、スタッフさんたちとの結論から出てきたものだよね?
楽しみだ。
「八世野村万蔵三回忌追善 、萬狂言大阪公演」も見てきて、少しだけ心の準備、お迎えの心の準備をしてたりする。
伊呂波で、舞台に立たれた4歳の子の可愛いらしさと、面白さと。
後見(で良かったかしら)で、野村万禄さんが舞台の奥に居られて、怪談狂言「耳なし芳一」の8歳の坊やのことを思い出して、「私は4歳の子って知らないんだよな」って気がついて(息子が連れ去られたのが3歳11ヶ月なので)涙ぐんでしまった。舞台を見れば目に入る万禄さんも・・・増幅器のようで・・・。
少しして落ち着いて、4歳の子のハキハキ可愛らしくも、ウフフな台詞と、「えぇぇ、うそうそ、やるやる??」なオチで、すっかり御機嫌さんになってしまった。
A シンデレラ・ストーリーの「奇跡は起こる」や「無問題」をかけたりしながら、待ってるっ!
http://cross-road.music.coocan.jp/lumica_light/kaleido20060610.php
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