クリスマス・イブ前後
1998年のイブ前後は、すごかったと思う。
12月22日に、元夫が「いつものように」説教をし始めて、火に油を注ぐことになるかもしれないのに、ラジカセを正座しあっていた間に置いて、録音をはじめた。
それまで、言われたことを翌日など書き出していたのだけれど、覚えている言葉は少なかった。その日は、「とっても、覚えきれない」と思ってしまって、ラジカセでの録音という行動に出てしまった。
入っていたテープは120分テープ。まるまる録音して、それでも終わらなかった。
その夜、記録に残されたということで、懐柔策を、始めて出してきた。
「来年はリフレッシュ休暇の年だから、ディズニーランドに家族で旅行。高いホテルに泊まる」ということ。
それまで、土日は買い物がせいぜいで、ろくに出かけたことが無かったから、証拠を握られたからそんなことを言い出したかって思った。
どこか外にとか、息子を遊びに、と言ったら、「ママは要求がデカすぎる」と言われたこともある。そんなことを言われたら、二度と言わなくなるよね。「何度言っても」と説教されている立場としては。
翌日、23日、前日の説教の中で、「パパのように知的な本を読め。パパの言うことは大抵、本に書いてある」等と言っていたので、11月、元夫が会社で受けた自己啓発セミナーのテキストを手にしてみた。言われたとおりに、本を読もうとしたわけではなくて、「何が知的??」という気持ち。説教の中で、「はぁ??」な、聞いてて恥ずかしくなるような馬鹿なことを言ってたりもしたから。
そしたら、会社の同僚に課題として、自分の改めるべきところを書き出してもらった紙を見つけた。私にも電話で、尋ねてきてた。で、その時、同僚はどんなことを書いてあるか聞いて、「その通りじゃない」というようなことを答えた記憶があって、「これか!」って思った。
1ヶ月も前に書かれて変わることもなく、前日の説教時に、「まず、私の話を聞いて」とか、ポンポン言ってくられると答えられないから、「話せ」「会話をしろ」というなら、少し黙ってと勇気を出して言ったら、「ママの演説を聞きたいわけじゃない。会話がしたいんだ」と自分は一方的に話す。
「これが、演説じゃないなら何?」って思ってた。
同僚が書いてても全然改まっていないことに、ショックを受けた。
改まらないんだって思った。
それで、夜、大阪の叔母に電話をかけた。年の離れたお姉ちゃんという感じの父方の叔母。叔母は結婚するまで、私が小学校中学年の頃まで、同居してた。
冬休みに行かせてもらって、話しを聞いてもらいたかった。父母に言っても、すぐにはわかってもらえないだろうから、事なかれ主義の人たちだから、まず、叔母にって思った。
そしたら、話を聞かれて、叔父からの助言もあったのか、翌日、クリスマス・イブに父に話すことにした。
それで、徳島に一旦戻ることになった。
戻ったのは、元夫の仕事納めの日だった。
その日に両親に来てもらって。
出ていくと決めたら、年賀状作りの時間も惜しかったし、意味も無いから、放棄してた。
戻る日までのことは、結構。。。驚く、自分でも。すごく頑張ったと思う。
そんなことを思い出すから、この時期は、複雑な気分。
にぎやかな季節だから余計に。
勇気を出して元夫に言うことが出来たのは、録音してたからだと思う。言って怒られても、それが残るから。いつもみたいに、単に揚げ足を取られる材料を増やすような、「無意味」なことじゃなかったから。たとえ揚げ足を取られても、それを延々記録することが出来るから。
あと、同僚の書いた彼の改善すべき点というのも、自宅にコピー機があったから、サーーーっとコピーして荷物に入れることが出来たんだと思う。コンビニに持っていってコピーなんて、やったかどうかわからない。
だから、便利であろう道具は手元に置いておこう、準備しとこう、って意識がある。
デジタル・グッズは護身具にもなる。
ささ、おNEWなグッズを買いませう(・_・)。
| 固定リンク
「Justice裁判の女神は」カテゴリ内の最近の記事
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/2740/7820094
この記事へのトラックバック一覧です: クリスマス・イブ前後:

最近のコメント
バックナンバー
WTOS
いろいろ
携帯URL
携帯にURLを送る