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きちんと目を見開いていれば

「ヒトラー 最期の12日間」という映画を見に行った。
今日は、雨だったのだけど、昨日と今日しかないから。

爆発、銃撃戦など、今もなお起こっているから、映画という作り物だと切り離せなかった。
ヒトラーの元を去ることを許されなかった部下、将軍か、が、家族と最期の食卓についてテーブルの下で手榴弾二つを作動させたシーンは、怖かった。何事もないかのように、静かに。その怖さ。

半年くらい前に見た、YATCHこと相澤恭行さんの講演会での映像。
第二次世界大戦という60年前の状況。

市民、国民は、危険なところに居て。
兵士も、市民であり、国民で。
安全なところに居て狂気の沙汰の指令を出す、権力を持つ者。

「若かったことは言い訳にならない。きちんと目を見開いていれば気付けたのだ」

かつて、ヒトラー最期の秘書だった女性、役者でなく現実の元秘書が、生の言葉として語ったもの。

彼女が採用されたのは、その前任者が、ヒトラーに異を唱えて処刑され空席になっていたからだと。前任者の名前を碑名を見つけたことを語った後の言葉。自分も異を唱えていれば、処刑されていたかもしれないという、「もう一つの現実」。

仮定とか、そんなものではない。
ほんの少しの幸運で、すり抜けたにすぎないのだと思う。

今、すれすれのところで、すり抜けている。
幸運は、そう期待できないものなのだけど。
どうして、当然のように、幸運が、何の努力もなく、引き寄せることもなく、働きかけることも無く訪れると疑わずに生きていけるのだろう。

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なんで書きたいって思ったか、一旦保存してから、思い出した。

「きちんと目を見開いていれば気付けたのだ」

ここで、涙ぐんでしまったから。
他のショッキングなシーンもあったけれど、そこは、もう、ショックの連続だから、「感じる心」が停止して、心を守っていたような感じ。
脱走兵なわけがない、年老いた男性市民にリンチを加える親衛隊員。やめさせようとした軍医に、「やめさせれば」と言って、市民を射殺するシーン。
あまりに多い負傷者。傷の縫合、弾丸の摘出などの真っ当な治療ではなく、切断という「外科的治療」のシーン。
爆発で無事だった少年が周囲を見ると、誰かの、でも死体となった顔、それだけでも苦しいのに、カメラが引いて、死体は死体なのだけど、体から吹き飛ばされちぎれた、顔の一部、目の周りのみということに気づくシーン。
少年が、とっさに、手を伸ばそうとしたけど、その手が触れるべき体は、土に埋まっているのでもなく、吹き飛んで、顔の一部だけしかなくて、息を止めてしまったと思う。
手をのばしても、置くべき体がないことに気づく二重のショック。

目を見開いてほしい。
怖いからと、目を閉じないでほしい。よそを向かないでほしい。
その間に、更に、怖いことになっていくものなのだから。


目を見開いても、何かに気づくより、見開いていない、開いてもいない目を見つけて、怖くなる。
私なんかより、ずっと前から見開いて、気づいて、訴えて、それでも、なかなか気づいてもらえない、見開き続けてもらうことの難しさ。
見開き続けることの、怖さ。見開くのをやめてしまう、怖さ。

涙が出てしまうのも、仕方ないでしょ。
23:34追加 保存し忘れてたので、更に追加。

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