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祖父の命日と6月10日

今日が父方の祖父の命日。1998年に亡くなった。その前年の夏に倒れて、持ち直してのことだったから、心の準備が出来て良かったと思う。
ただ・・・私が小さい頃は、怖いおじいちゃんだった。祖父が亡くなってから、祖母が元気になった。。。

前年1997年、年末に聖飢魔IIプロデュースで、山田まりやさんがアルバムを出した。その前の発表後、病弱なお母さんと小さい弟との生活を十代の女の子が支えようと芸能界に入ったって知った。
それで、私と息子と二人だけで生活をするって「選択肢」が生まれたように思う。まだ、選択することは先、選択しないかもしれない選択肢、だったけど。

山田まりやさんの「ダイジョーブ!!」での

50年一緒に居られるかしら

に、元夫が亡くなるまで、この状態が続くのかと思ったから、「一緒に居られないかも」と「答え」が浮かんだ。

6月10日は、野村万之丞さんの命日で、別居の少し前のドラマで、人間は余命半年みたいなものとかいうセリフがあった。少し我慢して、改めてくれるのなら良いけど、我慢し続けても改まらなかったら、とか。我慢して頑張っても、まだ頑張りが足りないと言われてたから、我慢することの虚しさもあった。
それが、もし、どれほどの人生も残されていないのだとしたら、と思ったら、このままではやだって思ってきてたのかな。

そんな6月10日は、
男女共同参画社会の形成の促進に関する施策の基本的な方向についての中間整理意見】の締切日。
ちょっと前から悩んでる。何か書きたいんだけど、まとまらなくて。

少子化対策云々、なんて、子を足かせとして殖やしたいDV夫に、水戸黄門の印籠を与えてやるみたいなもので。
「一人っ子にしたいのか」と怒鳴られて拒否することが出来ない、逃げることの出来ない悔しさがあっても、堕胎罪がまだ残っていて、中絶には父親である男の同意を必要とする制度の中では、どうしようもなくて妊娠する前から精神的に痛めつけられてしまってた。
リプロダクティブ・ヘルスandライツって、きちんと認められなければ、表面的にはどれほどの傷もつかず、心はガタガタに壊される性暴力がのさばってしまうと思う。
叩かれたり、つねられたりは、まだ、人に言えたりもするけれど、性暴力は言えないから。婚姻届を出した後、逃げ出せなくなった後なんて卑怯だ。

元夫がそういう酷いことをしだしたのも、男の面子を守りたいというか、でも面子を守れるほど強い人でもなくて、実態が伴わないから、虚像の自分を認めさせようとしてたのかなって思う。
私は私で、弟たちが居たから、「男のくせに何なのこの人??」と思いつつも、女らしく物静かに育ってしまったから抵抗なんて出来なかったもん。

あ。単なるもの静か、おとなしい、ね。おしとやか、とは全然違う。
文章を見られたりすると、「意外」とか言われたりしたことあるけど、おしとやかだったら、たまにとはいえ、ROCKやメタルのライブには行かないと思う。。。時々、ライブの他のお客さんとのギャップにドキドキもしちゃうけど。

男女共同参画でいろいろやってほしいって期待をかけるのは、私は、配偶者からの暴力から逃れるため、暴力をふるわれないためにって思ってのことなのだけど・・・異を唱えてる人たちって、DVや性暴力から逃れられない人なんて、この世に存在しないとでも言うんだろうか。
というか、存在させられてしまう、社会の不具合、経済の不具合、「今までの」教育の不具合、から目をそらせるために、他のジェンダーフリー等を問題にしてるような気がする。

泣けてくる。
とりあえず、1つ書いた。とほほな文。これもまた・・・泣けちゃう。

トラックバックしてみた。【ファイトバックの会 内閣府の男女共同参画局にご意見を
私みたいなのの代わりに、きちんとした意見の提出をお願いします・・・って駄目、かな。

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