墓参りと、そのついで
墓参りのついでに、ライブに行くことにした。
墓参り。
とある太鼓叩きさんが、「なんかいろいろ思っちゃってね」と言葉に表せなかった気持ちに、同じもん見たらシンクロできるかなーというのと、ゴブリンさんと「きゃぁーい」「わぁあぃ」と遊ぶ時間を楽しみたかったから。
ぶちきれ状態。
「行くの我慢して何か良いことあるか?」
「お金残しても、被告さんの息子さんに行っちゃうし」
「被告さんが刑法犯になっちゃうときの被害者になってたらどうにもならんしー」
判断の基準が普通と、ちょぴっとずれてきてる。。。
「過ちは繰り返しませぬから」をビデオに撮って。
そのあと、「手を合わせて拝む」ということが出来なかった。
「あれ?」と思って、お辞儀して立ち去ったんだけど。
手を合わしたところでなにも変わらないのと、亡くなった人に手を合わせても自己満足でしかないのと、後で私も行くところに先に行ったというだけのことで、苦しんで亡くなっていくというのは、わが身にも起こる、というのが現実味を帯びてきた今、他人事のように「手を合わせて拝む」ということが出来なかった。
とある大阪のライブで「つばすっち(仮名)」さんが客席に手を合わせていたのを、おばちゃんは見たけど、ああいうのなら良いけど。。。
で、原爆ドーム。
夜は怖いので(化けて出てくるというのではなく生きている人間に遭遇するのが怖いので)、昼間だけのつもりで、「トランプくん」を連れていく。
・・・デジタルビデオカメラ、DCR-IP1Kを持って散歩兼撮影。
撮って、編集して、数日後に見てて、SEIKOの時計のシーン、数分後にまた撮り直したのを繋げてたので、ZUTTOの一節を思い出してしまって、ほよほよだった。あとで、石碑の8時15分なんて「止まった時間」なんてのも写ってるし。
意図してないものが生まれているのが、自分で作る楽しみ、かな。
そのときは、感覚、直感だけでつかまえているものを、後で、少し冷静に見てみる。
自分の記憶力に対する「不安」は、今は良い方に働いているかも。
記録して、確認したり、焼きなおしたりしてるから。
そんなのやってて、開場時間近くになって慌てて。
開演前に会場近くに居たんだけど、地図にきちんとマークしなかったのが遅刻原因その壱。
(ホテル出る前に、ん?と思って地図を持って行ってたのがせめてもの救い)
記憶違いかと、ウロウロしだす。
飲食店の若い兄ちゃん(知ってそう)を見つけ尋ねる。
後で思い出すときちんと教えてくれているのに、通りの方に出てしまいウロウロ。
コンビニで尋ねる。
前に移転したとか、前なのか、後なのかわからないけど、と説明しだして、にわかに、前のとこをネットで見たかなと不安になる。
公衆電話ボックスで番地見て、先のお兄ちゃんの説明どおりのとこを探そうと思い、近くのビルに入っている店の看板を「こういうのをきちんとチェックしてかなきゃ・・・あー、まっきー(真っ黄)色・・・あ??」
・・・会場名はアルファベット。思いっきり、カタカナを探してた。遅刻原因その弐。
でも一番の原因は、繁華街恐怖症。
バスを降りた直後に、「なんたら劇場」「年に一度のシロウト大会」って放送を流しつつ、車体に顔を蝶とかの目の周りだけのマスクつけたねーちゃんズラズラポスターを貼った車が通り過ぎて、固まってしまったんだもん。
幸せの真っ黄色の傘を、下心なくさしかけてくれる人ばかりじゃない、という恐怖を植えつけられて何十年も生きていると、しなくても良い失敗をしてしまうちゅーことです。
「失敗」しないようにと、わざわざ失敗すべく、「プログラム」されている。
失敗なんて可愛いもんじゃない「暴力行為」、人生メチャメチャの「殺人的行為」・・・もろ殺人にまで至ったりって、誰が悪いの。・・・恐怖症にもなるってもんだ。
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